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東京地方裁判所 平成2年(ワ)7367号 判決 1992年12月07日

原告

合名会社村松製材所

右代表者代表社員

村松義一郎

右代理人支配人

村松正三郎

右訴訟代理人弁護士

村松謙一

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右訴訟代理人弁護士

鈴木弘

右指定代理人

新井克美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  裁判官の不法行為及び被告の責任

(一) 東京住宅販売株式会社(以下「東京住販」という。)が、昭和六一年九月二九日、東京地方裁判所八王子支部(以下「裁判所」という。)に和議開始の申立(東京地方裁判所八王子支部昭和六一年(コ)第三号)をしたところ、裁判所は、予納金が半額しか納められていないにもかかわらず、同月三〇日、東京住販の申立に基づき、和議開始前の保全処分として、申立人(東京住販)の弁済及び担保提供を禁ずる旨の保全決定(同年(モ)第二〇四〇号、以下「本件財産保全命令」という。)をした。

(二) そのうえ、裁判所の担当裁判官(以下「裁判官」という。)は、その後整理委員の選任も行わないまま右申立にかかる和議手続(以下「本件和議手続」という。)を放置し、申立から一年以上経過した昭和六二年一〇月一日、同月二二日及び同年一一月一一日になって、ようやく東京住販の代理人である山下純正弁護士(以下「山下弁護士」という。)に面会を求める連絡をしたが、連絡がつかなかった。また、東京住販の代表者にも連絡を試みたが、連絡不可能であった。

さらに、昭和六二年一〇月ころから昭和六三年三月ころにかけて、東京住販の複数の債権者から裁判所に対し、本件和議手続の進行についての問い合わせがあったが、裁判官はこれらの問い合わせもことごとく無視し、本件和議手続を放置した。

(三) 結局、裁判官は、本件和議手続を平成二年五月まで放置し、同月一四日、原告から和議申立を棄却すべきである旨の上申書が提出されたことから、山下弁護士に和議開始の申立の取下げを促し、同年六月一五日、東京住販から取下書が提出されてようやく本件和議事件は終了した。その後、東京住販は同年一〇月一日に破産宣告を受けた。

(四) 和議法二一条によれば、裁判所には、整理委員を選任して和議手続を開始すべきか否かの意見書を提出させる義務がある。また、和議法一八条によると、申立が破産回避の目的でされたとき、及び申立人の所在が不明であるときは、裁判所は和議開始の申立を棄却しなければならないとされている。本件において、東京住販は、和議開始を申し立てながら財産保全命令のみを取得し、その後一向に手続を進めようとせず、また、裁判所からの連絡も不可能な状態であったのであるから、裁判官は、遅くとも昭和六二年中には、申立が破産回避の目的でなされた場合あるいは申立人の所在が不明である場合として、和議開始の申立を棄却すべき義務があった。

ところが、裁判官は、右いずれの義務も怠り、漫然と本件和議手続の開始決定も棄却決定もしないまま平成二年五月まで四年近くも放置したものであるから、裁判官の右行為は不法行為を構成する。

(五) 裁判官は公権力の行使にあたる国家公務員であるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。

2  原告の損害

(一) 財産的損害

(1) 原告は、住宅建築資材等の製造販売をしている合名会社であるが、本件財産保全命令発令当時東京住販振出にかかる約束手形七枚(額面合計八一二万三七五四円、支払期日昭和六一年九月三〇日、同年一〇月三一日、同年一一月三〇日、同月三一日、昭和六二年一月三一日、同年二月二八日、同年三月三一日)を所持していた。

また、原告は、本件財産保全命令発令当時、東京住販に対し、右約束手形とは別個に合計三九三万五五七六円の売掛債権を有していた。

(2) 原告は、前記各手形を各支払期日に呈示したところ、和議法による財産保全処分中であるとの理由で支払を拒絶された。

(3) 東京住販が和議開始の申立に際して提出した和議条件は一〇年間で52.26パーセントを返済するというものであり、その後同社が債権者等に示した和議条件は一〇年間で五〇パーセントを返済するというものであったから、本件和議手続が順調に推移していれば、原告は前記債権の五割以上の回収が可能であった。

(4) 東京住販が和議申立時に所有していた資産は、売掛金九七九七万九八〇〇円、棚卸資産(土地)八〇五三万〇七二六円、償却資産等二五一一万四九四〇円であり、実質価値を四割程度と見積もっても、八一四五万円程度の資産を有していた。また、東京住販の負債総額は一億八五六九万円であるから、和議申立後速やかに棄却決定がなされ、破産手続に移行していれば、その配当率は42.88パーセント以上であった。

しかしながら、東京住販が破産宣告を受けた平成二年一〇月一日現在の東京住販の資産(破産財団)は八七万九一五三円であり、破産手続における配当率は0.46パーセント前後である。

(5) 以上のとおり、原告は、仮に和議申立後速やかに和議開始あるいは棄却の決定がなされていれば、相当額の債権(少なくとも全債権額一二〇五万九三三〇円の四割)を回収できたにもかかわらず、現在その回収は殆ど不可能になってしまった。東京住販の資産が激減したのは、裁判所が本件和議手続を放置している間に資産が散逸し、あるいは債権が時効消滅したためであるから、裁判官の前記不法行為と原告の被った損害との間には因果関係がある。

(6) また、原告は、本件訴訟手続の追行を弁護士に委任し、その報酬として、請求額の一割を支払う旨を約した。

(7) 右(5)及び(6)の損害額は、合計三〇〇万円を下回らない。

(二) 精神的損害

原告は、債権者の一人として、裁判所による本件和議手続の公正かつ迅速な進行による権利の実現を期待していたにもかかわらず、裁判官の不法行為により、右公正かつ迅速な権利実現の機会を奪われたのであり、その精神的苦痛を慰謝するには、金二〇〇万円が相当である。

3  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求として、原告の被った損害のうち五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年七月一日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  1について

(一) (一)は、予納金が半額しか納められていないとの点を除き、認める。

(二) (二)のうち、整理委員の選任がなかったこと、昭和六二年一〇月一日、同年一一月一一日に山下弁護士あるいは東京住販代表者宛に出頭を求める文書連絡をしたこと、昭和六三年三月一七日に、東京住販の債権者の一人から裁判所宛に和議手続の進行についての問い合せがあったことは認めるが、その余は否認する。

(三) (三)のうち、原告から上申書が提出されたこと、平成二年六月一五日、本件和議事件が取り下げにより終了したこと、同年一〇月一日、東京住販が破産宣言を受けたことは認めるが、その余は否認する。

(四) (四)のうち、和議法一八条に原告主張のような記載があることは認めるが、その余は否認または争う。

(五) (五)は争う。

2  2(一)について

(一) (1)は知らない。

(二) (2)は認める。

(三) (3)のうち原告の債権の五割以上の回収が可能であったことは否認する。本件和議手続が順調に推移したとしても、原告主張のように債権が回収できた保証はない。

(四) (4)は争う。仮に和議申立後すみやかに破産手続に移行していたとしても、原告主張の配当を得られた保証はない。

(五) (5)ないし(7)は否認ないしは争う。

3  2(二)は争う。原告は法人であり、精神的苦痛を被ることはあり得ない。

三  被告の主張

1  本件和議事件については、担当書記官が山下弁護士に対し、昭和六二年一〇月一日、同月二二日、同年一一月一一日に書面で、昭和六二年三月二五日、同年九月二一日、同月三〇日、昭和六三年三月一七日、同月二二日、同月二三日に電話で連絡をとり、迅速な処理に努めており、手続遅延の責任は専ら申立人である東京住販にあるというべきであるから、裁判官に過失はない。

また、本件は債権侵害の不法行為であると考えられるところ、仮に裁判官の措置に不十分な点があったとしても、債務者の財産散逸行為に積極的に加担したとは到底いえず、債権侵害の不法行為の成立が認められるほどの強い違法性は存在しない。

2  和議開始の申立がなされても、申立人は財産の管理処分権を失わないのであるから、たとえ裁判所が本件和議手続を進行させていたとしてもその財産の散逸を防止することができたとは限らない。また、和議開始決定がなされ、和議管財人が選任されたと仮定しても、申立人(東京住販)が和議管財人の同意を得ないで行った行為は無効ではなく、相手方が悪意の場合に管財人が否認できるにとどまる。他方、裁判所が和議申立を棄却したとしても、東京住販の財産が散逸する前に破産決定がなされ、破産管財人が選任されるとは限らない。そのうえ、原告は東京住販の財産散逸を防止するために和議法二〇条に基づく保全処分をすることができ、これが東京住販の財産の散逸を防止するのに最も有効な方法であるにもかかわらずこれをしなかった。

したがって、仮に裁判官に不法行為が認められ、原告が何らかの損害を被ったとしても、両者の間に因果関係は存在しない。

第三  証拠 <省略>

理由

一請求原因1について

1  事実欄に摘示した当事者間に争いがない事実および証拠(<書証番号略>、証人山下純正)によれば、次の事実が認められる。

(一)  東京住販は、昭和六一年九月二九日、裁判所に対し、和議開始の申立及び和議開始前の保全処分の申立をし、裁判官は同月三〇日、本件財産保全命令を発した。なお、東京住販は右申立の費用として同月三〇日に一〇〇万円を予納した。

(二)  しかし、その後裁判官は整理委員を選任せず、山下弁護士からの東京住販の営業成績等についての報告を待つことにしたが、その報告がなされないまま、東京住販あるいは山下弁護士とは、昭和六二年三月二五日ころ以降連絡がとれなくなった。裁判所の担当書記官は、山下弁護士に対し、同年九月二一日、三〇日、同年一〇月一日、二〇日、二二日、同年一一月九日、一〇日に電話で、同年一〇月一日に書面で、それぞれ連絡を試みたが、すべて不在で連絡がとれなかった。同書記官は、同年一〇月二二日には東京住販代表者に対しても書面で連絡したが不在のため連絡できなかった。

昭和六三年三月一七日、東京住販の債権者の一人である共同設備工業株式会社は、裁判所に対し、本件和議手続の進行状況の問い合わせ及び本件財産保全命令の解除を求める上申書を提出し、それを受けて担当書記官は山下弁護士の事務所に対し連絡を試みたが、結局直接本人との連絡はとれなかった。

(三)  その後、二年間裁判所は本件和議手続について何らの措置も講じないまま推移し、平成二年五月一四日及び同年六月五日、原告が和議開始の申立の棄却及び本件財産保全処分の取消を求める上申書を裁判所に対し提出したことから、同年六月一五日、山下弁護士は、裁判所に本件和議開始申立の取下書を提出し、同月二五日、裁判所は本件財産保全命令を取り消す旨の決定をした。

2  和議法二一条によれば、和議開始の申立があった場合、裁判所は、申立が不適法ないしは同法一八条の必要的棄却事由や同法一九条の裁量的棄却事由に該当しない限り、整理委員を選任して和議開始の可否について調査させ、和議開始あるいは棄却の決定を行うこととされているのであるから、裁判所が和議開始の申立を受理した後、特段の事情もないのに整理委員を選任することもなく、合理性の認められる期間を超えて手続を進行させずにおくことは、許されないというべきである。したがって、担当裁判官には、特段の事情のない限り、和議開始の申立後速やかに整理委員を選任し、和議開始の可否について調査させる義務があるというべきである。

以上の見地から、本件について検討するに、前記認定の事実によれば、裁判官は、昭和六一年九月二九日に和議開始の申立を受理し、翌三〇日に本件財産保全命令を発したにもかかわらず、その後整理委員の選任もせず、本件和議手続を約四年の長期間にわたり進行させずにおいたことが認められ、これが合理的な期間を超えていることは明らかである。もっとも、証人山下純正の証言によれば、本件和議手続においては、何んらかの事情から、裁判官は、しばらくの間、申立人の営業状況の推移を見たうえで和議開始の可否についての調査を開始することとしたことが窺えないではなく、前記認定のとおり、本件財産保全命令発令後東京住販及び山下弁護士は具体的営業成績について何らの報告をせず、裁判所からの再三にわたる連絡に対しても何らの対応もしないまま推移したことに鑑みると、手続遅延の主たる原因は申立人である東京住販側の怠慢、あるいは非協力的態度にあったということも出来ないではない。しかしながら、和議手続は多数の和議債権者の権利関係に重大な影響を及ぼす手続であるから、手続の進行を和議債務者の手にすべて委ねて良いというものではなく、また裁判所は和議開始の申立人が非協力的態度をとる場合でも、申立人側の行動を待つことなく整理委員を選任し和議開始の可否を調査させるか、場合によっては和議法一八条に基づいて和議開始の申立を棄却することができるのであるから、右のような事情は、裁判所が本件和議開始の可否についての判断を留保し、和議債権者に不利益を課す本件財産保全命令を発したまま、実質的な手続の進行をはからずに四年間弱を経過させたことを正当化する特段の事情となるものではない。そして、本件において、裁判官は、遅くとも東京住販の非協力的態度が明らかとなった昭和六二年一一月ころには、整理委員を選任して和議開始の可否について調査させるか、あるいは和議開始の申立を破産回避の目的でなされたものとして棄却することができたというべきであるから、裁判官には前記義務に反して手続を進行させなかった過失があるといわざるをえない。

したがって、裁判官が本件和議手続を特段の事情もないのに約四年間にわたり進行させなかったことは、不法行為を構成するというべきである。

二請求原因2(原告の損害)について

1  (一)(財産的損害)について

(一)  (1)の事実は<書証番号略>によって認めることができ、(2)の事実は<書証番号略>、証人村松正三郎の証言によって認めることができる。

(二)  (3)ないし(7)の各事実について判断する。

<書証番号略>によれば、東京住販が和議開始の申立時に提出した和議条件が一〇年間で総債権額の約53.27パーセントを支払うというものであったこと、東京住販の昭和五九年八月三一日現在の決算報告書によれば、資産として、東京都町田市能ケ谷町所在の不動産(以下「本件土地」という。)二二六九万九九四四円、売掛金五四九三万〇六六二円等合計二億一八〇八万四八九八円が計上されていること、以上の事実が認められる。

しかしながら、他方で、<書証番号略>、証人山下純正及び同村松正三郎の各証言によれば、東京住販は、和議開始の申立当時すでに支払不能の状態であり、和議開始の申立後間もなく営業停止に追い込まれ、現実には到底提示した和議条件に従った弁済を行える状況ではなかったこと、決算報告書に売掛金として計上されていたものの多くは注文主の倒産あるいは工事中途放棄のためもともと回収不可能なものであり、その他の債権もそのほとんどが回収の見込みのないものであったこと、本件土地には、和議申請時にすでに城南信用金庫の八〇〇〇万円の根抵当権が設定されていたうえに、現実の評価額は非担保債権の額を大幅に下回る土地であったこと、以上の事実が認められる。これらの事実からすれば、仮に裁判所が速やかに整理委員を選任し、本件和議手続を進めていたとしても、和議債権に対する弁済が東京住販から提示された和議条件どおりに履行されていた可能性は全くなかったことが明らかであり、また、仮に和議申請後速やかに和議開始の申立が棄却され、破産手続に移行していたとしても、当時東京住販に破産財団を構成する財産がほとんど存在しなかったことも明らかである。要するに、原告の債権は本件和議開始の申立がなされた時点においてすでに回収不能であったというほかはなく、仮に本件和議手続が進行していたか、あるいは破産手続に移行していたとしても、原告が主張するように債権額の四割以上の回収が可能であったとは認められない。したがって、本件和議手続が進行していたか、あるいは破産手続に移行していれば原告の債権の相当部分が回収できたことを前提とする原告の損害の主張は失当であり、その他に原告が何らかの財産的損害を被った旨の主張立証はないから、前記裁判官の不法行為によって原告が財産的損害を被ったとは認められない。

また、原告は弁護士費用の請求もするが、原告に財産的損害が認められない以上、これも理由がない。

2  (二)(慰謝料)について

原告の主張によれば、原告は裁判所の迅速公平な手続を期待、信頼していたにもかかわらず、右期待を裏切られ、精神的苦痛を被ったというのであるが、法人の代表者はともかく、観念的、技術的な存在にすぎない法人自体の精神的苦痛というものは生じえないことは明らかであるから、精神的苦痛に伴う慰謝料の請求は、主張自体失当である(なお、法人自体にも、財産的損害以外の無形の損害が生ずる余地があり得るとしても、精神的苦痛に伴う慰謝料がそれに含まれないことは明らかであり、本件ではそれ以外に原告が何らかの無形の損害を被ったという主張立証はない。)。

三結論

以上の次第で、原告の請求は結局理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤塚信雄 裁判官綿引穣 裁判官谷口安史)

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